山越え気流を可視化する笠雲

あれこれ

これまで,ケルビン・ヘルムホルツの不安定性による波状雲・かなとこ雲など,空気の流れを可視化してくれる雲についてみてきました。今回は可視化の続きとして,「笠雲」を取り上げます。有名な笠雲は富士山のものですが,私の住んでいるところからはその観測が難しいので,他の山にできた笠雲を紹介します。さらに,重力により空気の流れが上下方向に振動することでできる波(重力波)を可視化している吊るし雲について説明します。

聖岳・赤石岳にできた笠雲

本宮山から南アルプスの聖岳・赤石岳などがきれいに見えます。聖岳の標高は3013mで,夏に登ったことがあります。そこからは富士山も見えて好きな山のひとつです。南アルプスの南部に当たるこの地域は,登ろうとするとアプローチが結構大変ですが,三河のあたりに住んでいるといろいろなところから望むことができます。

本宮山から見た聖岳,赤石岳,荒川岳
聖岳頂上とそこから見た富士山

2022年1月16日のことですが,聖岳・赤石岳付近に笠雲が現れました。この日は,日本海に前線をともなった低気圧があり,低気圧や前線に向かって暖かく湿った空気が流入しました。その湿った空気がこれらの山を越えるときに笠雲を作ったと思われます。よく見ると赤石岳の笠雲は二段重ねになっています。その部分を拡大してみてみましょう。

聖岳と赤石岳の笠雲

下の写真は赤石岳付近を拡大したものです。稜線に沿って笠雲が盛り上がっていることや,二段重ねになった様子がよくわかります。

赤石岳の笠雲

笠雲は動的平衡

笠雲ができる原因について説明します。空気が山を越えるときに上昇すると,空気の圧力が下がることで断熱膨張して温度が下がります。このとき,空気が湿っていると,ある温度まで下がったときに雲粒(水滴)が生成されて雲が発生します。空気が山を越えると,今度は下降する流れとなって,空気の圧力が上がり,断熱圧縮されて温度が上がります。そのため水滴が蒸発して,雲が消えてしまいます。このようにして笠雲が形成されますが,笠雲を構成する雲粒はつねに生成・消滅を繰り返しており,同じ粒がずっと存在しているわけではありません。別の言い方をすれば,笠雲は動的平衡状態にあるといえます。

笠雲ができるメカニズム

渥美半島の山にできた笠雲たち

聖岳・赤石岳の笠雲の例を出しましたが,笠雲は高い山でしか発生しないというわけではありません。下の写真は渥美半島の山々(蔵王山など,標高は約250m)にかかった笠雲を示しています(2020年3月28日撮影)。空気の層がいくつか重なっているように見えますが,大気の一番下の層は白っぽくなっているので,湿度が100%RH近いように思われます。その上の層は透明度が高いので,ここに逆転層があって下の層のふたのようになっていると考えられます。このとき,一番下の層に山を越える流れがあって,空気が持ち上げられると,気温の低下により含まれている水分から雲粒が形成され笠雲ができています。

渥美半島の山にできた笠雲

つぎは2023年7月6日に撮影したものです。これも各山にきれいに笠雲がかかっています。渥美半島の笠雲を示したふたつの写真の日はともに前線が近付いていて,湿った空気が入った日でした。

渥美半島の山にできた笠雲

流れを可視化する吊るし雲

下の写真の説明はおそらくこうだろうという推定で書いていますので,意見の相違がある方がいればお教えください。
2021年11月14日に撮影した写真には「ウミウシ」のような雲が等間隔で6匹ほど写っています。雲表面のつるっとした感じと等間隔でできていることから吊るし雲だと推定しました。吊るし雲は山を越えた気流が上下動を繰り返して流れるところにおいて,湿った空気が上昇したところで雲の粒が発生して雲ができ,下降したところで雲の粒が消えるものです。気流が上下動を繰り返す周期がほぼ一定なので,等間隔に雲ができます。雲のでき方の考え方は笠雲と同じです。吊るし雲は富士山でよく観測されますし,山越え気流の山岳波による雲は気象衛星「ひまわり」の画像でも見られることがあります。
今回のウミウシみたいな形のものを見たのは初めてでしたが,吊るし雲は見た感じや分布の仕方が特徴的なので,そうだろうと思います。

ウミウシのような形をした吊るし雲

いかがでしたでしょうか。笠雲というと富士山のものが有名ですが,他の山でも見ることができます。大気の流れを可視化してくれる雲なので,この雲を見かけたら,空気が山を越えているのだなと想像をしてもらえたら嬉しいです。

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