最初の写真は石巻山の麓から撮影したもので,三角形のこんもりしたのが石巻山です(2024年12月28日撮影)。これまで何度も豊橋の石巻山に登りました。頂上に石灰岩が露出していたり,登る途中に「石巻の蛇穴」(石灰岩の風化水蝕によってできた穴,径0.6m×奥行13m)があたりして,石灰岩でできてできていることは知っていました。しかし,プレートと石灰岩のことを調べるうちに石灰石の鉱山があることを知りました。
参考)石灰岩から考える地震への心構え | ふわっとサイエンス
今回は,それらの鉱山を見に行ったので紹介します。
鉱山がいっぱい
石巻山近くの鉱山は山頂の北側に分布しています。近くの山にある「御用岩」という展望台からは,下の写真に示すように3つの鉱山を見渡すことができます。

三嶽鉱山(下の写真はこの鉱山をズームしたもの)は石巻山の麓にあり,頂上からは見ることができません。採石場と道路沿いのプラントは近接しています。
参考)http://www.mitake-kouzan.com/

つぎの写真は「中採長楽鉱山」です。こちらは山の上のほうに切羽(きりは:採掘現場)があり,麓に向かってプラントが連なっている様子が見えます。
参考)https://chusai.jp/factory/chusainagaramine/

3つめは嵩山鉱山です。豊橋で最も古い鉱山で,江戸時代の元禄以前から石灰が焼かれていた記録があります(豊橋百科事典より)。
参考)https://cccc.backshelf.jp/bookview/?filseq=3079

田原鉱山
豊橋の隣,渥美半島に田原市があります。石巻山付近の地質と,田原の蔵王山あたりの地質は同じで,主にジュラ紀に形成された付加体である「秩父帯」と呼ばれるものです。そのため,ここにも石灰石鉱山があります。「田原鉱山」と呼ばれるものですが,2020年に骨材生産は終了しています。
参考)https://abekawa-dv.co.jp/

江戸時代から砕石されてできた露天掘りの大きな穴の様子はいまでも見ることができます。下の写真(2024年12月30日撮影)は鉱山の西側にある衣笠山の山頂から田原鉱山や蔵王山の方向を撮影したもので,蔵王山の向こうに見えるのは石巻山を含む湖西連邦(弓張山地)です。蔵王山の手前にある田原鉱山の穴は深くて,鉱山の底まで見ることができません。2万5千分の1の地形図の等高線を読むと穴の標高は-20mくらいになります。写真の左に写っている三河湾の水面より低いのです。

そこで,蔵王山側に移動して鉱山を眺めました(下の写真)。冬なので木々が落葉し,鉱山の底にある水たまりまで見ることができました。穴の底に続くスロープの一部も見え,石灰石の露天掘りのイメージをつかんでいただけたのではないでしょうか。

まとめ
これまで,地質図を眺めることはありましたが,石巻山と蔵王山付近の地質が同じで,それがプレートで運ばれてきた付加体に起源をもち,「秩父帯」と呼ばれているのを初めて知りました。そして,今回紹介したように石灰石鉱山があり,ダイナミックに採掘されてきました。現場を巡りそのことを実感しました。機会があれば,皆さんも地質や鉱山に興味を持っていただけると面白いと思います。